2014年05月02・09日発行 1328号

【東電に損害賠償求めて提訴 反原発・細川牧場裁判 支援のつどい開催 馬が次々死んでいく 渡り鳥は来なくなった ―この国は狂っている―】

 福島県飯舘村で牧畜業を営む細川徳栄さんが東京電力を相手取り、福島第一原発事故による被害への賠償を求めて4月8日、東京地裁に提訴した。

 原発から20キロ圏外の飯舘村は、事故後、年間20ミリシーベルトの空間放射線量に達するおそれがあるとして計画的避難区域に指定された。約130頭の馬と約20頭の牛を家族同様の愛情をもって飼育していた細川さんは、福島県が出した家畜の殺処分命令を拒む。牧草が汚染されたため餌は外部から購入せざるを得ず、やむなく83頭の馬を本来の評価額より極めて低い額で手放した。

 原子力損害賠償紛争解決センターに裁判外紛争解決手続(ADR)を申し立てたものの、不当な損害評価しか受けられなかったため、訴訟に踏み切った。

支える会結成へ

 この細川牧場裁判を支援しようと、平和と民主主義をめざす全国交歓会2014ZENKO実行委員会主催のつどいが4月19日、都内で開かれ、細川さんと娘の美和さんが被曝と闘いながら飼育を続ける思いを語った(別掲)。

 つどいの終盤、参加者一同胸を熱くする場面があった。大阪の関西電力本社前で抗議行動を重ねているZENKO関電前プロジェクトが年越しアクションの際に描いた馬の絵や、画家&イラストレーターの山内若菜さんが制作した首から下げるメッセージボードなど激励の品を手渡されると、細川さんは何度も涙をぬぐい、深々と頭を下げた。

 ZENKOは今後、細川牧場を継続的に取材している報道写真家・三留理男さんの写真集『被曝の牧場 3・11FUKUSHIMA』(具象舎刊)の普及、裁判の傍聴などに取り組む。三留さんらが呼びかけ人となって第1回口頭弁論の前後に結成予定の「反原発・細川牧場裁判を支える会」への加入も呼びかけられた。

【細川徳栄さんの話】

 原発事故から3年経つが、全く変わりはない。馬が次から次に死んでいるのは何かが起きているからだろう。渡り鳥が全く来なくなり、ツバメは半分になった。形態異常の赤とんぼも出ている。動物は敏感だ。学者が因果関係は分からないと言っても、事実が異常なのだ。

 原発というのは本当に恐ろしい。以前、原発で働いていた人が水槽(使用済み核燃料貯蔵プール)に落ち、ヘリで広島の病院に運ばれる途中亡くなった。国からも電力会社からも絶対黙っているよう言われたそうだ。

 国と村役場に馬を殺処分しろと言われ、私は怒った。動物も人間も同じ。私たちからすれば牧場で生まれ育った馬は家族同様。お母さんのおっぱいを飲めない馬をミルクで育てたこともある。それを注射一本で殺せというのは考えられない。この国は狂っている。

 若い人たちの80%は、飯舘村には戻ってこないという。会社も店も何もない。新聞も回覧板もない。そんなところに若い人は戻れない。飯舘村は最終列車の村になってしまった。

【細川美和さんの話】

 福島市に避難し、仕事が休みのときに牧場で父の手伝いをしている。一番残念なのは、一緒に住んでいた家族がばらばらになってしまったこと。飯舘村で一人暮らす父の体調が心配だ。震災前は90キロあった体重も一気に落ちた。

 県や国に、馬と一緒に避難できる場所をとお願いしたが、探してくれなかった。いろんな種類の馬がみんな同じ症状で急に死んでしまう。いま飼育している馬の半分くらいは妊娠しており、子どもだけでも助けてあげたいけれど、引き取り先が見つからない。

 4日前にも、元気だったポニーが急に死に、解剖結果を待っている。死んだ馬の解剖を大学に依頼しても、データは隠されてマスコミに流れない。牧場の周りではタヌキやイノシシ、キツネの死骸が見つかる。イノシシからすごい値の放射能が出たが、やはりデータは隠される。言葉では伝わらないので、ぜひ直接見に来てほしい。





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