2024年08月02日 1832号
【石丸現象―だまされるのが悪いのか/「強いリーダー」にすがる心情/それほど強い政治・運動不信】
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前号に引き続き、東京都知事選挙における「石丸現象」について考えてみたい。無党派層や若者は石丸陣営のSNS戦略に「だまされた」だけなのか。そうではない。根本的には、社会変革の展望を見い出せず、強権的な「リーダー」にすがってしまう問題がある。
市長時代の悪行
都知事選で次点となり一躍注目を浴びることになった石丸伸二・前安芸高田市長。出演したテレビ番組で敗因を問われると「マスメディアが当初まったく扱わなかった」と皮肉を込め切り返した。彼一流の「マスゴミ」批判である。
この発言に、お笑い芸人の村本大輔が自身のX(旧ツイッター)でツッコミを入れた。「そのとおり。メディアはなんで取り上げなかったんだ、彼が恫喝裁判で2回も負けたことを。沢山取り上げてたら2位じゃなかったのに」
一理ある。安芸高田市長時代の行状がきちんと報道されていたら、石丸支持は伸びなかったはずだ。とりわけ石丸がネット社会で注目されるきっかけとなった「居眠り議員」の一件は特に悪質であり、都知事選挙の期間中であっても詳報すべきであった。
経緯を簡単に述べる。2020年9月、石丸は「本会議中に居眠りをする議員がいる」と自身のSNSに書き込んだ。議員側は「急に記憶がなくなった」と説明。病院で検査を受けたところ、軽い脳梗塞だったと診断された。ただの居眠りではなかったのだ。
ところが石丸は、議員から受け取った診断書をシュレッダーにかけて破棄。そして「市民への説明責任を果たせ」と圧力をかけ続けた。やむなく議員が釈明会見を開いたところ、嫌がらせや脅迫が殺到。議員は胃の持病が悪化して入院。今年1月に死亡した。
この問題で議員側が抗議すると、石丸は「恫喝された」とSNSで告発。名指しされた女性議員は激しいバッシングにさらされるようになる。女性議員は名誉を傷つけられ精神的な苦痛を受けたなどとして石丸と市を提訴。地裁判決に続き、高裁判決でも勝訴した。都知事選の投票日4日前(7月3日)のことだった。
昨年12月の広島地裁判決は「恫喝はなく、あったと信じるに足りる証拠もなかった」と認定している。石丸の主張は嘘八百だったということだ。なお、市は上告しないことを明らかにしたが、石丸は最高裁に上告受理を申し立てた。
届かない警鐘
石丸敗訴が確定した裁判もある。4年前の市長選で使用したポスターなどの製作費が一部未払いになっているとして、広島市内の印刷業者から約73万円の支払いを求められていた訴訟だ。最高裁は7月5日付で石丸の上告を退けた。
代金踏み倒しとは業者イジメ以外の何ものでもない。この事実が都知事選の最中にクローズアップされていたら、大半の人は「首長の資格なし」と判断していたはずだ。石丸は彼が批判するマスメディアに助けられたのである。
もっともメディアが何も伝えなかったわけではない。ネットの石丸人気に早くから着目し、SNSを駆使した劇場型政治の危うさを指摘する報道もあった。だが、このような警鐘が石丸の中核支持層である若者たちに共有されることはなかった。新聞や雑誌、テレビのニュース番組は彼らの情報源ではないからだ。
「老害粉砕」に快哉
藤田結子・東京大准教授は「多くの若者にとって都知事選は『石丸一択』だった。テレビを見ない彼らにとって、石丸氏は唯一の、よく顔の見える候補だったからだ」と指摘する。彼らは「ユーチューブ」などを通して石丸の存在を選挙前から知っており、「既得権益を持つ議員らがふんぞり返る市議会で一人闘うヒーロー」という物語に共感を抱くようになっていたというのだ(7/11毎日)。
若者たちにとって政治家の多くは高齢で共感できない。そんな中、肌身離さず持ち歩くスマホの中で奮闘する石丸は、自分たちの代弁者であるかのように見えた。「老害による抑圧を打ち破ろうとしている若き改革者」というストーリーが刺さったのである。
ちなみに、「恥を知れ!恥を!」というSNSで大バズりした石丸の決め台詞は、小説やテレビドラマの「半沢直樹」作品をヒントに自ら考えたものだという。「切り抜き動画」で使われることを明確に意識していたというわけだ。
石丸の言動は攻撃的で配慮のカケラもないが、「支持者にはこの姿さえ『既得権益』への挑戦に見えるのでしょう」と、伊藤昌亮・成蹊大教授は分析する(7/12毎日)。「今の若者は友人関係や就職活動などで普段から周囲の『空気』を読むことばかり求められ、疲弊しきっています。『他者』を拒絶する石丸氏が爽快なのかもしれません」
どん詰まりの中で
石丸は新自由主義路線にもとづく「改革右派」というべき政治家だ。タイプ的には橋下徹(元大阪府知事)と同じポピュリストである。パワハラ体質は斎藤元彦・兵庫県知事を思わせるし、女性蔑視の傾向があることもテレビ番組出演時の発言で明らかだ。
「こんな人物を一方的に美化する動画にだまされて投票するなんて、日本人の知的劣化、幼稚化は嘆かわしい」と感じる方もいるだろう。だが、都知事選で石丸に入れた人には「今の政治を変えたい」という思いがあったはずだ。
彼らは既存の政治家、既成政党に辟易しているが、さりとて社会的公平の実現や格差是正を掲げた運動には忌避感がある。個々人を分断し競争を強いる新自由主義の価値観を内面化しているからだ。まさにどん詰まり。だから石丸のような強権的人物に一縷の希望を託してしまうのではないか。それは何も若い世代に限った現象ではない。 (M)
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