2024年08月09日 1833号

【コラム 原発のない地球へ/いま時代を変える(3)/避難者に教えられた「手放す力」の大切さ】

 原発事故から13年を過ぎたが、大手メディアはもうずいぶん前から避難者に関する報道をすることもなくなっている。だからといって区域外避難者がいなくなったわけではなく、避難者のその後の動静を伝えることも本コラムの役割と思っている。今回は、事故直後、北海道内に避難した人たちの「その後」を追った(筆者の判断で一部の方の実名は控える)。

 福島県白河市から札幌市に避難したTさんは、北海道大学で非正規の事務職員として娘さんを育てながら働いてきたが、正規職転換試験に合格し、2023年2月、晴れて正規職となった。「大学側が50歳を過ぎた自分に正規職転換を勧めてきた理由を図りかねている」(本人談)が、Tさんは米国留学経験があり英語が堪能だ。北大には外国人留学生も多く「英語力を買われての正規職登用ではないか」というのがご本人の推測だ。放射能から守りたい一心で連れてきた娘さんも道庁職員となり、母子ともに新たなスタートを切った。

 福島県伊達(だて)市から江別市に避難した宍戸隆子さんは飲食店「えぞりす亭」を経営していたが、この春、店じまいした。固定客も付き人気店だったが、本業の介護職との両立が厳しくなり、一区切りをつけると言う。もともと料理は趣味だった。この2人はいわば“芸は身を助ける”の典型例だ。

 「自主避難者」を描いて今年公開された映画『決断」』にも出演した鈴木哉美(かなみ)さんは、2019年の東川町議選に当選し1期務めた。12人の議員のうち女性は2人だけだが、積極的に発言し議会に新風を巻き起こした。

 「自主避難者が避難先で苦労している、いじめられているという報道ばかりメディアが繰り返すから、残っている人たちが悲観してますます避難しにくくなる」と憤るのは、札幌の避難者団体「チームOK」スタッフのMさんだ。チームOKは、道内で避難者が成功している実例だけをホームページで積極的に発信し、マスコミが植え付けた避難へのマイナスイメージ払拭に努めてきた。「避難した人と、しなかった人を分けた要素は何だと思いますか」という私の質問に、Mさんは「(それまで長年築いてきたものを)手放す力だと思います」と答えてくれた。

 「手放す力」。日本社会全体に今、最も求められているにもかかわらず、欠けているものだと思う。原発で発電された電気を使っての「豊かで楽しい生活」。原発マネーにどっぷり漬かり、楽して利益を得たい地方自治体や企業・財界。いま世界が変化を求められているのに、これまで安住してきた世界を手放したくない人たちが、本コラムの目指す「原発のない地球」への妨害者となっている。過酷事故を起こし、多くの人々を避難に追いやった原発を、何はともあれまずは「手放す力」が必要だ。手放した後のことは、それからゆっくり考えればいい。 (水樹平和)

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