2024年09月13日 1837号

【岸田政権3年間の悪行/「新しい資本主義」の成長戦略/グローバル資本が望む「経済モデル」】

 来年度の予算編成に向け、8月末、各省庁から概算要求が出そろった。総額117兆円と過去最高。来年度予算は次の政権がまとめることになるのだが、自公政権のままではこれまで通りグローバル資本の意向を反映したものになるのは間違いない。「新しい資本主義」を掲げた岸田政権の経済政策はなんだったのか。資本は何を求めているのか。

政府主導の産業育成

 経済産業省が「日本の産業競争力の向上、経済安全保障の強化」を掲げ、全面支援している企業がある。2022年8月、岸田政権発足後1年を待たずして設立された半導体企業「ラピダス」だ。

 トヨタなど民間8社が出資し、現在、北海道千歳市に工場を建設中。27年には量産を開始する予定としている。政府はこの民間企業に、設立時からこれまで9200億円の税金を投入している。量産体制をつくるには総額5兆円が必要とされながら、民間の出資は73億円にとどまる。ラピダス経営者は今年8月、あらためて出資企業への増資やメガバンクなどへの融資を要請したが、その額は1千億円程度に過ぎない。不足額約4兆円は政府が出資することになる可能性すらある。

 半導体は「産業のコメ」と言われるように、あらゆる機器、工業製品に欠くことができないものとなっている。ところがラピダスへの投資について民間資本は様子見を決め込んでいる。最先端の半導体が国産化されることに期待はすれども、リスクが大き過ぎるからだ。

 現在最先端の半導体は3ナノb(ナノは10億分の1)で、ラピダスが目指す2ナノbは世界でどこも実用化に至っていない未知の製品。日本は40ナノb半導体の製造実績があるに過ぎない。仮に実用化できたとしても、どれだけの需要が見込めるのか、先行企業に勝てるのか、ともに未知数なのだ。

 このリスクを政府が引き受けるのである。民間資本は成果を待っていればよい。かつて政府主導で設立した半導体メモリーの製造企業エルピーダメモリ(1999年設立)は13年後に倒産。当時、製造業としては過去最大の負債額4480億円を出したのは、今から12年前のことだ。


「官民連携」を強調

 岸田文雄は、3年前の自民党総裁選で「成長と分配の好循環」を強調し「新しい資本主義」を売りにした。就任後、すぐに「分配」は消え「成長」戦略が重点となった。ラピダスへの肩入れもその一つだ。「新しい資本主義」を耳にする機会は減ったが、グローバル資本間の争いの中で、利潤を拡大しようとする資本の要請がなくなったわけではない。

 岸田は23年1月の施政方針演説で「新しい資本主義」について次のように語っている。「世界のリーダーと対話を重ねる中で、多くの国が、新たな経済モデルを模索していることも強く感じました。それは、権威主義的国家からの挑戦に直面する中で、市場に任せるだけでなく、官と民が連携し、国家間の競争に勝ち抜くための経済モデルです」

 グローバル資本は、「市場に任せるだけ」では利潤がこれ以上増えないことを感じている。「権威主義的国家」、すなわち中国の経済成長には追いつけないと言っているのだ。この「国家間の競争に勝ち抜く」経済モデルこそ「新しい資本主義」であり「世界共通の問題意識に基づくもの」と岸田は言うのである。

 新型コロナ感染拡大やウクライナ戦争を経験し、従来のサプライチェーンの課題があらわになった。低賃金労働者を求めて生産拠点を海外に移転した結果、マスクさえ手に入らなくなった。戦争により、石油資源や農産物の輸入に死傷を来すことになった。

 岸田は、労働コスト、生産コストの安さだけを求めず、重要物資や重要技術を守り、強靭なサプライチェーンを維持することが新しい経済モデルに求めるものだという。官民連携で、最先端半導体の国産化を図るラピダスは、重要な実践例となっているのだ。


経団連の思惑

 岸田が言うように、グローバル資本は新たな利潤追求の経済システムを求めている。これまでグローバル資本は「岩盤規制」を撤廃させ、最大利潤を追求してきた。国営企業を民営化させ、その利益を自分のものとした。グローバル資本主義の政治体制はどこもかしこも、資本の飽くなき搾取、利潤追求を保証する制度を整えてきた。国家間の経済協定もそのうちの一つだ。「二酸化炭素の排出権」すら取り引きできるようにした。さらに今度は、政府の直接的な貢献を求めているのである。

 経団連は「サステイナブル(持続可能)な資本主義」を実現しようとプランを検討している。高齢化がピークを迎える2040年の将来像を示すものとして「Future Design 2040」(仮称)の議論を始めた。その手始めに公表した「軽井沢宣言」(7/19)には「政府への期待」が列記されている。▽デジタル社会を促進するためにインフラ整備を行え▽エネルギー供給を安定化させるために原発の再稼働、新増設計画の具体化を急げ▽新たな道州制、自治体合併を議論せよ、などだ。

 「世界で一番企業が活躍しやすい国」をめざしたアベノミクス。「自助」を強調し、「小さな政府」への修正をはかったスガノミクス。そして両者の流れを受け継ぎ、一方で「財政健全化」をうたいながら、国家財政を成長戦略、軍事拡大につぎ込むキシダノミクス。世論の支持が低迷しながらも政権を維持できたのは、資本サイドの要求に答えてきたからに他ならない。

 自公政権が続く限り、「持続可能な資本主義」に合わせた政策を継続するだろう。資本の利潤のためではなく、市民社会を豊かにする社会保障や教育・医療への支出ができる政府こそ求められているのである。

  *  *  *

 『資本主義は私たちをなぜ幸せにしないのか』(ちくま新書、訳・江口泰子)の著者ナンシー・フレイザーは「資本は二兎を追い、費用を支払わず、公共財を巧みに利用しようとする」と指摘する。「グローバル金融は国家に規律を教え、資本主義に敵対的な選挙を嘲笑(あざわら)い、反資本主義政府が国民の要求に応えることを阻止する」

 著者は、資本主義の利潤は賃金労働者から搾取するだけでなく、ケア労働(家事や子育てなど)や自然環境(地下資源を含む)、公的権力など資本主義を成り立たせている背景・存在をタダ食いしていると主張する。これを「共喰い資本主義」と呼び、社会的危機の元凶であると指摘する。

 資本主義が延命すれば社会的危機はさらに深まっていく。資本主義に代わる経済、社会システム、つまり民主主義的社会主義への転換が今必要なのである。

MDSホームページに戻る   週刊MDSトップに戻る
Copyright Weekly MDS