2024年09月13日 1837号

【卓球メダリスト「特攻資料館に行きたい」/「活入れ効果」で人気施設化/不都合な史実を「感動」で隠蔽】

 パリ五輪で活躍した卓球の早田ひな選手が帰国後に「特攻資料館に行きたい」と語ったことが波紋を広げている。彼女の発言は意外なものではない。特攻隊は今、「活入れ」や自己啓発のツールとして人気を博している。歴史修正主義の現局面をみていこう。

自己啓発の聖地

 くだんの発言はパリから帰国後の記者会見(8/13)で飛び出した。「今やりたいこと」を聞かれた早田選手は、「鹿児島の特攻資料館に行って、生きていることを、そして自分が卓球をこうやって当たり前にできているということは、当たり前じゃないというのを感じたいなと思っています」と答えたのだ。

 この発言を日本のネトウヨ界隈は「よくぞ言ってくれた」と大絶賛。SNSには「(戦争美化だと批判する)中国・韓国は言いがかりをやめろ」といった応援投稿が相次いだ。

 早田選手が語った「特攻資料館」とは、鹿児島県南九州市にある知覧特攻平和会館のことだ。かつてこの地には陸軍特攻隊の出撃基地が置かれていた。交通アクセスがよくない立地にもかかわらず、この会館の年間入場者数は、長崎原爆資料館や沖縄県平和祈念資料館のそれに匹敵する。修学旅行や企業の社員研修で訪れる人も多い。政治家、芸能人、有名アスリートが多数訪れ、映画の舞台にもなった。早田選手が「行きたい場所」に挙げても何の不思議もないのである。

 『人生に迷ったら知覧に行け』という題名の自己啓発本がある。同種の書籍が多数存在する事実が示すように、近年「知覧」は自己啓発の聖地となりつつある。特攻隊員の物語に触れることで自分の生き方を見つめ直し、ある種の前向きな意識状態に持っていくことが期待できる場所だというのだ。井上義和・帝京大教授はこれを「活入れ効果」と呼ぶ(『「知覧」の誕生』柏書房)。

企業が使う理由

 「活入れ」のパターンはこうだ。「特攻隊員の遺書を読み、彼らの気高い精神に感動する→平和な時代に生まれたことのありがたさを実感する(ぬるま湯につかっていた自分を恥じる)→特攻隊員のことを思えば多少の苦労など何でもない、不満や泣き言をいわず頑張ろうと決意」

 なるほど、企業が社員教育の場所に選ぶ理由がよくわかる。スポーツ団体の場合はさらに露骨になる。全日本女子バレーボールチームのある監督は強化合宿の合間に「知覧」を訪れ、選手たちに「日の丸の重みを認識させ」「我々が負けると日本が負ける」と言い続けたという(前掲書)。

 ここまで極端なナショナリズムの煽動は、学校における「平和学習」では難しい。会館側もそれは踏まえており、「自分ごととして『平和・いのち』について考える」をコンセプトにした学習資料やワークシートを取りそろえている。

 会館ホームページに掲載された子どもたちの感想をみてみよう。「話を聞いて、すごく悲しい気持ちになった。今、自分がこんな風に生きていることが恥ずかしい。小さなことで悩んで、バカみたい。もっと生きることを大切にしたい」(小学6年生・女子)

 いかにも道徳的教訓に導きたがる者が喜ぶ模範回答というほかない。企業が労働者に刷り込もうとしている価値観(現状追認や滅私奉公の正当化など)に子どもの時からなじませようということだろう。

脱歴史化と思考停止

 このように現在の知覧特攻平和会館は「英霊顕彰」的な要素を前面に出してはいない。売りはあくまでも、「『平和・いのち』に真摯に向き合い、『生きる力』を育むこと」である。だが、こうした当たり障りのなさこそ歴史の隠蔽を推し進めるものではないか。

 「誰もが否定することがない『平和の大切さ』を確認することは、歴史を直視し、思考を掘り下げることを押しとどめるものでしかない」。福間良明・立命館大教授は「知覧」における特攻語りの特徴をこう分析する(『戦後日本、記憶の力学』作品社)。「往時の社会や組織病理を突き詰めて思考すること」を抑制する役割を果たしているというのである。

 実際、同会館は特攻について「命の尊さ・尊厳を無視した戦法」だと述べてはいる。しかし、そのような作戦を立案し、命令した者の責任は深掘りしない。侵略戦争の帰結という歴史的文脈にも触れない。国家にとって都合の悪い歴史を「感動」で隠蔽する作りになっているのだ。

特攻作戦のリアル

 特攻(特別攻撃)は旧日本軍が組織的に行った敵艦船への自爆攻撃である。開始当初は一定の「戦果」を上げたものの、米軍が対策を講じてからは目標に突っ込むどころか、その上空にたどりつくことすら難しくなった。

 それでも軍部は特攻作戦を継続した。なぜか。最初から人びと戦争協力に駆り立てる効果を期待していたからである。実際、特攻が始まると新聞は賛美の記事で埋まり、「何より重要なものは、銃後を挙げてこれ等勇士に続くことである」と社説で煽った。ラジオは特攻隊員の「決意表明」まで録音放送した。

 自分たちを戦意高揚の道具扱いする報道に嫌悪感を示す特攻隊員もいたという(一ノ瀬俊也著『特攻隊員の現実』講談社現代新書)。彼らの心情は、「日の丸を背負う」ことを求められる早田選手のような五輪代表なら、より共感できるのではないか。

 ちなみに機体トラブルなどで引き返した特攻隊員は上官の罵声を浴び、「生きて帰った反省文」を書かされたという(林えいだい著『陸軍特攻・振武寮』東方出版)。まさに現代のブラック企業を思わせる。

 こうした事実を踏まえた上なら「知覧」に足を運ぶ意味はある。人びとの情感に訴える世論操作の手口を学べるはずだ。  (M)



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