2024年09月20日 1838号
【朝ドラで話題「原爆裁判」とは/原爆投下は国際法違反/補償を拒む「政治の貧困」今なお】
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NHKの連続テレビ小説『虎に翼』が佳境を迎えている。9月第1週では「広島、長崎への原爆投下は国際法違反」と認めた実際の裁判を描き、話題となった。この原爆裁判はどのようなものだったのか。その後の政府の対応と合わせて掘り下げてみたい。
本作の主人公・猪爪寅子(ともこ)は、日本初の女性弁護士で、その後裁判官となった三淵嘉子をモデルにしている。原爆裁判は三淵が東京地裁の判事時代に担当した事案なのだが、この裁判について彼女が語ったものは何も残されていない。
それゆえ「ドラマでは触れないのでは」という見方もあった。国家の戦争責任を考える上で重要な裁判を、逃げずに朝ドラで描いた製作スタッフの心意気を高く評価したい。
核兵器違法化の先例
ドラマ未見の人のために原爆裁判の基本線を押さえておこう。この裁判は広島と長崎の被爆者5人が日本国を相手に「損害金」の支払いを求めたもの。請求の主旨は以下のとおりだ。
「国際法に違反する原爆投下で被害を受けた原告は、米国や当時の米大統領に対して損害賠償請求権がある。その権利を日本政府は対米講和条約で消滅させてしまった。これは日本国憲法が保障した財産権の侵害にあたり、被告・国は正当な補償をする義務がある」
判決は1963年12月。東京地裁は原告の請求を棄却した。「原爆被害者は国際法上も国内法上も請求権を持たない。元々権利がないので原告は講和条約で何も失っていない。よって賠償も補償も請求できない」という論理である。
ただし判決は次の理由で「原爆投下は国際法違反」と結論づけた。広島、長崎両都市に対する原子爆弾による爆撃は、(1)無防守都市に対する無差別攻撃であり、当時の国際法からみて、違法な戦闘行為であると解するのが相当(2)戦争に際して不要な苦痛を与えるもの非人道的なものは禁止されるという国際法上の原則にも違反する。
また「国家は自らの権限と自らの責任において開始した戦争により、国民の多くの人びとを死に導き、障害を負わせ、不安な生活に追い込んだのである」と述べ、被告・日本国の戦争責任に言及した。そして、高度の経済成長を遂げた戦後日本において原爆被害者への十分な救済策が行われていない現状に触れ、「政治の貧困を嘆かずにはおられない」と結んだ。
原告・被告とも控訴せず、「原爆投下は国際法違反」の判決が確定した。この判決は国際的に注目され、核兵器の使用は国際人道法に「一般的に反する」とした国際司法裁判所の勧告的意見(1996年)にも影響を与えたとされる。国内的には原爆被害者に対する特別措置法の制定(1968年)など、被爆者援護施策の前進に寄与した。
「受忍論」という壁
実際の判決文がセリフに使われたドラマは大きな反響を呼んだ。だが「感動した」「泣けた」で物語を消費してはならない。戦争責任に直結する戦争被害者への国家補償を頑なに拒む日本政府の姿勢は今も変わっていないからだ。
1978年3月、韓国人被爆者が被爆者健康手帳の交付を求めた裁判で原告の勝訴が確定した。最高裁判決は被爆による健康障害を「さかのぼれば戦争という国の行為によってもたらされた」とし、原爆医療法には「国家補償的配慮」があると論じた。
国家の補償責任を示唆した判決に、「被爆者援護は福祉の一環」だと言い張ってきた政府は衝撃を受けた。そこで補償拒否の論理を再構築するために設置されたのが「原爆被爆者対策基本問題懇談会」(厚生相の私的諮問機関)である。同会は1980年12月に意見書を発表。核心部分は次のようなものだった。
「およそ戦争という国の存亡をかけての非常事態のもとにおいては、国民がその生命・身体・財産等について、その戦争によって何らかの犠牲を余儀なくされたとしても、それは、国をあげての戦争による『一般の犠牲』として、すべての国民がひとしく受忍しなければならないところであって…法律論として、開戦、講和というような、いわゆる政治行為(統治行為)について、国の不法行為責任などの法律上の責任を追及し、その法律的救済を求める途は開かれていないというほかはない」
元海外移民が在外財産の補償を求めた裁判(最高裁判決・1968年11月)を皮切りに、国家の補償責任を否定する論拠に用いられてきた「戦争被害受忍論」である。この「法理」は数々の戦後補償裁判(東京、大阪、名古屋の空襲被害者訴訟など)でも使われ、戦争被害者たちを切り捨ててきた。ドラマの主人公・寅子なら「はて?」と言うような理不尽がまかり通ってきたのである。
棚ざらしの救済法案
講和条約が発効し独立を回復した1952年以降、政府は元軍人・軍属や遺族への補償や援護制度を復活させた。「補償」額は累計60兆円に及ぶ。一方、民間人の空襲被害者に対しては何の補償もしていない。法的な救済制度を政府は一切作らなかった。
被害者たちは司法に救済を求めたが、戦争被害はみんなで我慢すべきだとする「受忍論」や、立法を通じて解決するべき問題だとした「立法裁量論」(原爆裁判の判決もこの立場)によって退けられてきた。
救済を委ねられた国会でも議論は進まなかった。民間人対象の戦時災害援護法案は議員立法で計14回提出されたが、自民党の反対でことごとく廃案となった。超党派の国会議員連盟が2020年にまとめた救済法案も、与党内で意見が一致せず、国会提出の見送りが続いている。
『虎に翼』で原爆裁判に興味を持った人は、すべての戦争被害者への補償実現に力を貸してほしい。それが「政治の貧困」を克服し、新たな戦争を許さない抑止力になる。 (M)
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