2025年01月31日 1856号

【韓国ユン大統領、内乱容疑で逮捕/違憲・違法を重ねた非常戒厳/市民の闘い軽視する日本の報道】

 韓国の尹錫悦(ユンソンニョル)大統領が1月19日、「非常戒厳」宣言をめぐる内乱首謀などの容疑で逮捕された。現職大統領の逮捕は韓国史上初めてのこと。ユンは「違法逮捕であり、法治主義の破壊」と反発しているが、法と民主主義の破壊を企てたのは彼のほうである。

戦争挑発の疑惑も

 ユン大統領の容疑は、昨年12月に非常戒厳を出した際に、軍や警察を動員して国会を封鎖しようとしたことや、野党政治家らの逮捕を企てたことが「内乱」にあたるというもの。韓国の大統領は憲法で不起訴特権が保障されているが、内乱罪は例外となる。

 ユンはすでに国会で弾劾訴追されており、大統領の職務は停止中だ。今回の事案で起訴されれば、刑事裁判と憲法裁判所での弾劾審判が並行して進むことになる。弾劾が成立すると失職となり、次期大統領選が60日以内に行われる。

 さて、ユンは拘束前に録画したメッセージで「この国では法が全て崩れ去った」と主張。「流血の事態を防ぐため」に出頭するのであって、不法で無効な捜査は認めていないと強調した。

 盗っ人猛々しいとはこのことだ。自分の権力を維持するために、非常戒厳を宣言し軍隊を国会に突入させたのは誰か。大統領権限を濫用して違憲・違法な行為を積み重ね、法治と民主主義を踏みにじったのは誰か。ユン自身ではないか。

 たしかに韓国の憲法は大統領に「戒厳」を宣布する権限を与えている(第77条第1項)。だが、今回の非常戒厳宣言は憲法が定めた要件(戦時・事変またはこれに準ずる国家非常事態)を充たしていない。「野党に過半数を握られ、国会がマヒしている」など理由になるはずがないのだ。

 根拠が乏しいことはユン側も自覚していたのだろう。戒厳宣布を正当化するために、「局地戦争」を起こそうとしたふしがある。実際、内乱実行の容疑で逮捕された元軍情報司令官の手帳には「北朝鮮の攻撃を誘導する」との記述があったという。事実だとすれば、全面戦争を引き起こしかねない危険な行為だ。

憲法の規定を逸脱

 非常戒厳宣言当日に出された布告令第1号の中身も問題だ。「国会と地方議会、政党の活動と政治的結社、集会、デモなど一切の政治活動を禁じる」というくだりは韓国憲法の規定を明らかに逸脱している。

 憲法は戒厳状況下において「言論・出版・集会・結社の自由、政府や裁判所の権限に関して特別な措置を取ることができる」(第77条3項)としているが、立法府(国会)の活動までは制限していない。強大な戒厳権力をけん制しうる唯一の機関として国会を位置づけているからだ。

 ところがユンは戒厳令解除の権限を持つ国会の機能を武力で停止しようとした。軍や警察関係者の証言によると、自ら現場の指揮官に対し「銃を撃ってでも、扉を壊してでも、(国会議員を)引きずり出せ」と指示していたという。

 この件について、ユンは憲法裁判所に提出した答弁書の中で弁解をしている。布告令第1号は「当時の国防部長官が軍事政権時代の例文をそのまま書き写したもので、それを見落としてしまった」と。卑劣な責任逃れというほかない。

「上から目線」の論評

 オスロ国立大のパク・ノジャ教授は「尹錫悦内乱の世界史的脈絡」と題した論考で次のように指摘している。「2010年代後半から右傾化と極右の躍進、極右派の権力掌握と新権威主義政権の成立は世界の一つの支配的傾向になった。ユン氏の極右政策と窮極的な内乱の試みはまさにこの傾向に属する」(1/8ハンギョレ新聞)

 こうした国際的視点が日本の報道には欠けている。一連の事態を「混乱、分断、権力闘争」と描くのみなのだ。「韓国には民主主義が根付いていない」とか「日本ではありえない」といった「上から目線」的な論評も少なくない。

 元大阪府知事の橋下徹に至っては、ユンを「立派な政治家だと思うし、すごい僕は好きでした」(1/15関西テレビの報道番組)と擁護した。「日本に対して融和的」なら、市民に軍隊を差し向ける政治家でも高評価するのが「維新スピリッツ」らしい。

 韓国には軍事独裁政権による弾圧や暴虐に対して民衆が抵抗をくり広げ、民主主義を勝ち取った歴史がある。その記憶と教訓が若い世代に継承されていることは、ただちに国会に駆けつけ軍隊に立ち向かった行動や弾劾訴追を後押しした街頭デモで明らかだ。

 市民の直接行動が政治を動かし、社会を変えようとしている――韓国でいま起きていることの本質を日本のメディアは伝えようとしない。なぜか。政治に「あきらめた」人が多いままでいてほしいからだ。(M)

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