2025年03月07日 1861号
【シネマ観客席/ノー・アザー・ランド 故郷は他にない/監督 バーセル・アドラー/ハムダーン・バラール/ユヴァル・アブラハーム/ラヘル・ショール/パレスチナ人追放の実態を告発】
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本年度アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞にノミネートされた『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』が公開中である。イスラエル軍がヨルダン川西岸地区で行っているパレスチナ住民追放の実態を、当該の村で生まれ育った青年監督らが記録した映画だ。
西岸の村で何が
本作の舞台はマサーフェル・ヤッタ。ヨルダン川西岸のヘブロンの近くにある農村地帯で、19の村からなる。1981年、イスラエルはこの地域を射撃演習場に指定し、住民に立ち退きを迫った。もっとも射撃演習場は口実にすぎない。本当の目的はユダヤ人入植者のために土地を確保することだった。
住民たちは「違法だ」と抵抗し、23年に及ぶ裁判闘争を続けた。だが、イスラエルの最高裁は住民の訴えを退ける判断を下した。この裁定以降、以前から続いていたイスラエル軍による家屋の取り壊しが激化。ユダヤ人入植者の暴力も加わり、パレスチナ人コミュニティの多くが存続の危機に瀕している。
本作の監督の一人であるバーセル・アドラーは1996年、マサーフェル・ヤッタの村で生まれた。父や母たちが土地と生活を守るために闘う姿を見て育ち、その現実が「私を活動家にさせた」と語る。
バーセルの抵抗の武器はカメラだ。15歳の頃からイスラエル軍の破壊行為を映像で記録し、世界に発信し続けてきた。住民を迫害するイスラエル兵に対峙したバーセルは「撮ってるぞ」と叫ぶ。占領の真実を世界に知らせイスラエル批判の世論を喚起することが、理不尽な現実を変える唯一の道だと信じてきた。
バーセルには仲間がいる。同い年のイスラエル人青年ユヴァル・アブラハームだ。ジャーナリストであるユヴァルは「祖国の暴挙を見過ごせない」と情報発信に協力する。だが、大手メディアの関心は低く、配信動画の再生回数も伸びない。
2人が焦りを深める中、イスラエル軍や入植者の暴力は激しさを増していくのであった…。
銃剣とブルドーザー
イスラエルによるパレスチナ人追放の実態を本作は被害者の視点で明らかにしている。兵隊を載せた車両(トヨタ製であることがはっきりわかる)と重機が列を成して標的の集落を襲い、家屋や学校を破壊していく。住民は人力で運べる範囲の家財道具を持ち出すことしかできない。
人びとが仮設の住居を建てても、軍はそのたびに破壊する。今度は大工道具も奪っていく。電線や水道管を切断し、井戸があれば生コンを流し込んで埋めてしまう。発電機の没収を防ごうとした男性はイスラエル兵に撃たれ、四肢麻痺の重傷を負った。
破壊と略奪で住めなくして移住を迫る―。イスラエルがやっていることは民族浄化そのものだ。映画を観た人は「パレスチナ自治区なのになぜ」と思われるかもしれない。
たしかに地図ではヨルダン川西岸全域がパレスチナ自治区と表記されることが多い。だが、実際には面積の6割以上がイスラエルの完全管理下にあるC地区なのだ。マサーフェル・ヤッタはこのC地区にある。
圧倒的な不平等
C地区に住むバーセルたちパレスチナ人に一般法は適用されない。イスラエル軍の軍令下にある。日常生活のすべてが軍によって制限されているのである。
バーセルとユヴァルは志を同じくする仲間だが、法的地位が根本的に違う。ユヴァルには安全が保障された自宅があり、取材が終われば帰ることができる。そんな場所はバーゼルにない。追い出しや逮捕の恐怖に四六時中さらされている。
同い年の2人は活動方針以外にも様々なことを語り合う。好きな音楽のこと、やりたい仕事のこと、結婚のことなど。だが、自由のないバーセルは将来の展望を語れない。これがアパルトヘイト国家の現実だ。
バーセル家を訪れたユヴァルに、バーセルの親戚とみられる男性が「自分の生まれ故郷は忘れられないもんだよな」と語りかける場面がある。大きくうなづくユヴァル。すると男性は言った。「なぜ我々には忘れろと?」。これは私たちに対する根源的な問いかけではないだろうか。
民族浄化をとめろ
イスラエルは今、ヨルダン川西岸での民族浄化を強めている。1月21日から北部の都市ジェニンで大規模な軍事作戦が始まった。数百人の兵士とブルドーザーで家屋を破壊し道路を掘り返すなどし、キャンプの住民ほぼ全員が退去を余儀なくされたという。
1月26日、バーセルは自身のXに家々から煙が上がる様子を記録した動画を投稿し、次のように訴えた。「映画がアカデミー賞にノミネートされて2日後の今、入植者たちがマサーフェル・ヤッタに侵入し、家々に火をつけて破壊しています。ノミネートされたことは光栄ですが、トランプ米大統領が入植者に対する制裁を解除したその一方で、私たちは抹殺されかけています。これをハリウッドの人々は気にかけているでしょうか? どうか黙っていないでください」
2月11日には「ぼくは今、多くの武装した兵士と3台のブルドーザーに囲まれています」と投稿した。イスラエル軍がマサーフェル・ヤッタの村を襲い、住民たちを寒空の下に追い出しているという内容だ。
バーセルたちは「占領の真実」を世界に伝えることが現状を変えると信じ、命がけで映像を発信し続けている。ならば、私たちには同じ人間として応える義務がある。イスラエルやそれに加担する各国政府、住民追放作戦の道具を提供している企業に対する抗議を強めよう。そして国際法違反の占領政策をやめさせねばならない。 (O)


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