2025年03月21日 1863号

【『ノー・アザー・ランド』がアカデミー賞受賞/「反ユダヤ主義」とかみつくイスラエル/占領の実態を隠そうと必死】

 第97回アカデミー賞の各賞発表が3月3日に行われ、イスラエルによるパレスチナ人強制追放の実態を告発した『ノー・アザー・ランド』(1861号で紹介)が長編ドキュメンタリー映画賞を受賞した。この快挙に、イスラエル政府が案の定かみついてきた。

民族浄化を止めろ

 『ノー・アザー・ランド』は、イスラエルの占領政策がパレスチナ人に対する民族浄化にほかならないことを明らかにした記録映画である。軍事訓練場の建設を口実に、先住民であるパレスチナ人に立ち退きを迫るイスラエル軍。家屋や学校をブルドーザーで破壊する場面は衝撃的だ。

 ユダヤ人入植者の暴力もすさまじい。入植者というと「開拓団」的なイメージがあるが、彼らの実態は排外主義に凝り固まった民間武装集団である。まさしく侵略の尖兵として送り込まれていることが映画を観れば分かるだろう。

 本作の共同監督を務めたバーセル・アドラー(1996年生)は、ヨルダン川西岸地区最南部に位置するマサーフェル・ヤッタで生まれ育った。15歳から映像ジャーナリストの活動を始め、故郷の村に対するイスラエルの蛮行を世界に発信し続けてきた。

 米ロサンゼルスで行われたアカデミー賞の授賞式で、スピーチに立ったバーセルは次のように訴えた。「2か月前に娘が生まれ、父になりました。娘には今私が生きているような、入植者による暴力、家屋の破壊、強制移住に怯える暮らしを送ってほしくありません。マサーフェル・ヤッタの人びとは追放の恐怖に毎日直面しています。そうした何十年に及ぶ現実を映画は映し出しました。世界に対して、パレスチナ人に対する不正義と民族浄化を止めるよう呼びかけます」

スピーチで米国批判

 バーセルの活動に共鳴し、協力を申し出たユヴァル・アブラハームはエルサレムを拠点に活動するジャーナリスト。「裏切り者」呼ばわりされながらも「祖国の暴挙を見過ごせない」と、体を張った調査報道を続けている。彼の受賞スピーチは次のとおり。

 「この映画はパレスチナ人とイスラエル人がともにつくりました。一緒に声を合わせれば、強い声が届くと思ったからです。ガザへの破壊攻撃を終わらせなければなりません。そしてイスラエルの人質は解放されなければなりません」

 ユヴァルはイスラエル国家の人種差別政策・人権侵害にも言及した。「バーセルは兄弟同然ですが、私たちは平等ではない。私は民法の下で自由ですが、バーセルは軍法の下で生きていて、選択肢がないまま生活が破壊されています。バーセルらパレスチナ人が自由と安全を手に入れて初めて、私たちイスラエル人もそれを手に入れることができるのです」

 「力による安全保障」神話に対する根本的な批判である。排除や抑圧は憎悪しか生まない。互いを尊重して共存するのでなければ、本当の意味での平和や安全は得られないということだ。だからユヴァルはイスラエルと同じ思想を抱く米トランプ政権への批判で発言を締めくくった。

 「この国(米国)の外交政策が解決への道を阻んでいます。人びとが生きるために、まだ間に合います。別の道があるのです」

映画製作者への脅し

 パレスチナ占領の実態を赤裸々に暴いた作品が米国最高峰の映画賞で高く評価されたことに、イスラエル政府は苛立っている。ミキ・ゾハル文化スポーツ相は本作を「イスラエルに対する中傷」と酷評。受賞は「映画にとって残念な瞬間だ」と批判した(3/3)。

 同様の反応は昨年2月のベルリン国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した際にもあった。ガザ停戦と占領終結を訴えたユヴァルの受賞スピーチを、駐独イスラエル大使が「あからさまな反ユダヤ主義」と非難したのである。

 これが口火となり、ユヴァルは殺害予告を受け、イスラエル在住の家族のもとには右翼の一味が押しかけた。脅迫された親族は夜中に別の街へ避難することを余儀なくされたという。

 「反ユダヤ主義」のレッテルを貼ってイスラエル批判の封じ込めを狙うのは同国政府やその同調者たちの常套手段である。米連邦議会下院は昨年5月「反ユダヤ主義啓発法」を可決した。トランプ大統領は反ユダヤ主義的な行動をした留学生は国外に追放するとする大統領令に署名した。

 こうした状況もあり、本作は米国での配給契約に至っていない。だが、自主上映運動が各地で広がりを見せている。日本でも映画鑑賞を通じてイスラエルによるパレスチナ占領の実態を多くの人びとに知ってもらいたい。国際法違反の人権侵害をこれ以上許してはならないのだ。  (M)

MDSホームページに戻る   週刊MDSトップに戻る
Copyright Weekly MDS