2025年04月25日 1868号
【尹大統領罷免をどう見るか/韓国市民と民主主義の勝利/「これが始まり。新しい世界を迎えよう」】
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戒厳令の宣布をめぐり弾劾(だんがい)訴追されていた韓国の尹錫悦(ユンソンニョル)大統領が罷免された。日本のメディアの論調は韓国社会の「分断」や「日韓関係の悪化」を懸念するものばかりが目立つ。「韓国市民と民主主義の勝利」という肝心なことを隠しておきたいらしい。
「韓国 分断 先鋭化」。尹大統領罷免を伝える4月5日付朝日新聞(2面)の大見出しである。「深く刻まれた分断が韓国社会に影を落とす」という内容で、「尹大統領が罷免されても対立を収拾する方向は見いだせない。むしろ、より深くなうようにみえる」とまで述べている。
物事をどのような角度で報道するかはメディアの自由である。しかし、大統領が罷免された理由を紙面の片隅に追いやるような構成は悪質な情報操作としか言いようがない(「朝日」は憲法裁判所の宣告文要旨すら掲載していない)。
というわけで、憲法裁判所の罷免決定をあらためて分析する。憲法裁は、保守派とされる裁判官も含め8人の全員一致で尹の罷免を決定した。しかも、すべての論点において尹側の主張を退けけている。
争点全てで尹「完敗」
まずは、最も注目された「戒厳令宣布の目的や手続きの適法性」について。尹側は「野党の専横による国政のマヒ状態」や「不正選挙疑惑」を国民に知らせるために行ったなどと正当性を主張してきたが、憲法裁はこれを一蹴した。
いわく「(これらは)政治的・制度的・司法的手段を通じて解決すべき問題であり、兵力を動員して解決できるものではない」。要するに「今回の戒厳令宣布は、憲法や戒厳法が定めた非常戒厳宣布の実体的要件(戦時・事変やこれに準じる国家非常事態)に違反する」というわけだ。そして「遅滞なく国会に通告する」といった非常戒厳宣布の手続き的要件にも違反していると判断した。
続いて尹が国会に軍隊と警察を投入したことについて。憲法裁は「国会議員の国会への出入りを統制する一方、引っ張り出せと指示することで、国会議員の審議権・表決権・不逮捕特権を侵害した」と認定。「国会に戒厳解除要求権を付与した憲法条項に違反する」と判断した。「不正選挙の疑い」を口実に中央選挙管理委員会に兵力を動員したことについても、「捜索令状なしの捜索・押収で選管の独立性を侵害した」と結論づけた。
国会・地方議会・政党や政治的結社の活動、集会やデモなどを含む一切の政治活動を禁じた戒厳司令部の布告令については、「憲法の条項や、代議制民主主義、権力分立の原則などに違反し、国民の政治的基本権、団体行動権などを侵害した」と判断した。
結論部分はこうである。「被請求人(尹)の違憲・違法行為は国民の信任を裏切ったもので、憲法違反の観点から容認できない重大な法違反行為に該当する」「(尹を)罷免することで得られる憲法守護の利益は、罷免にともなう国家的損失を圧倒するほど大きいと認められる」
このように、尹の罷免が主権在民の法治国家として当然の結論であることを憲法裁判所は明快な論理で述べている。尹を「日韓関係の改善を推進した」(4/5朝日)と評価する日本のメディアは日本の「国益」のほうが民主主義の原則よりも重要なのだろう。
広場で人生が変わった
尹が罷免された翌日の4月5日、ソウルでは「尹錫悦即時退陣!社会大改革!第18回汎市民大行進」が行われ、「民主主義が勝利した」という参加者の熱気が広場を包んだ。そして彼らはもう一つのスローガンを忘れずに叫んでいた。
「罷免は終わりではなく始まり。新しい時代を迎えよう」。K−POPのナンバーに合わせてコールしたフレーズも「罷免、罷免、尹錫悦罷免」から「変えろ、変えろ、世界を変えろ」に変わっていた。
大学生のイ・チェヒョンさん(20)は「今後は嫌悪政治によって勢力を結集する例が出てきてほしくない。広場で私たちが女性、労働者、障がい者、農民、性的マイノリティーらの多様な弱者と共にあったように、これからはじまる新しい世の中も弱者が思う存分声をあげられる方向へと向かってほしい」と語った(4/5ハンギョレ新聞)。
ユ・スルギさん(25)は弾劾集会での出会いで人生が変わったという。集会での多様な人びとの発言を聞いて「韓国社会には労働者として認められていない多くの労働者がいるということを改めて認識しました」。そう語るスルギさんは今年1月始めに民主労総傘下の大学院生労組に加入した(4/9ハンギョレ新聞)。
ペク・タンビさん(33)が非常戒厳事態に直面したのは、会社から退職勧告を受け転職を準備している時だった。軍隊と対峙する市民の姿に衝撃を受け参加するようになった弾劾集会で、民主主義と市民参加の力に気づいたと話す(同)。
共に民主党の党員になったタンビさんは、弾劾広場にあふれた若者たちの声が現実の政治につながることを願っている。「政界には女性と男性の分断を利用してほしくありません。党員としてそのような部分が見えたら、間違っていると言いたいです」
大統領選に向け
大統領退陣の闘いをリードしてきた「尹錫悦即時退陣・社会大改革非常行動」(1549の労働組合・市民団体で構成)は、罷免を受け「内乱清算・社会大改革非常行動」に名称を変更。専門家と活動家が市民の要求を分析した「社会大改革に向けての課題」としてまとめた。これらの課題を野党として協議し、大統領選挙の論点にする計画だ。
社会の深刻な分断は日本との共通点だが、韓国では社会変革の方向性を議論し、実践に向けた準備が始まっている。なるほど日本の支配層やメディアが隠蔽しようとするわけだ。 (M)

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