「川で泳いだら、カッパに足を引っ張られるぞ」
子どものころ、大人たちによくいわれた。
「フン、うそつきやがって!」
僕たちは川で泳ぐのをやめなかったけれども、足の届かない深い場所や仲間が見えない所へは決していかなかった。やっぱり、カッパが恐ろしくてたまらなかったのだ。今では川で泳ぐ子どもがいなくなり、カッパも「商売あがったり」になってしまったのだろうか、カッパの噂をとんと聞かない。
ところで、カッパとは一体何なのだろうか?
サルやスッポン、カワウソなど、カッパのモデルといわれている生き物は多い。サルもスッポンも見たことはあるが、カワウソだけは見たことがない。私はカワウソが本当にカッパのモデルなのか確かめるため、ニホンカワウソと遺伝的に近い(同一かも)とされるユーラシアカワウソを見に、広島県の安佐動物公園を訪ねた。
山の上にある動物園のそのまた一番山手にある透明の水槽の中で、彼らは自在に泳いでいた。サルやスッポンでは真似できないその泳ぎっぷりを見て、私はなるほどと納得した。そして彼らの中の一匹が「おか」にあがると、その姿に釘付けになった。
立ちあがると子どもくらいの大きさ。ぬめったようにも見える、ぬれた毛皮。葉っぱなど、簡単に乗るであろう平らな頭。
間違いない。カワウソこそがカッパのモデルだ! 納得は確信へと変わった。
しかしこのニホンカワウソは、一九七九年、高知県須崎市の新荘川で目撃されて以来、その姿を見せてはいないのである。
今、絶滅寸前のカッパを復活させようとする人々が、熱い視線を向けているのが韓国だ。ニホンカワウソと遺伝的に同一か、かなり近いカワウソが、わずか三千頭ほどではあるが韓国で生息しているからだ。近年、多くの国で、かつてカワウソが生息していた環境を取り戻そうと、カワウソの人工増殖、再導入に取り組んでいる。日本でも韓国産カワウソを導入して、カッパを復活させようという計画が持ちあがっている。
二〇〇一年八月には、須崎市長を団長とする中高生を含む二十名の「カワウソ使節団」が訪韓し、カワウソが生息しているソムジン川流域(プサンから車で三時間)で、韓国側研究者の協力を得て調査を行った。
翌年の第二回使節団訪問の際には、保護されていたメスの子カワウソ、二頭のうちの一頭に、日本名をつけてはと韓国側から申し入れがあった。使節団は日本で最後にカワウソが確認された新荘川にちなんで、「真情ちゃん」と命名したのだ。
やがて「大人」となる「真情ちゃん」。彼女が産むであろうカワウソの子どもたちが、海を渡る日がくるかもしれない。