「有事法案? よくわからないけど、国として万一の備えは必要じゃないの。北朝鮮のこともあるし」。あなたがそう思っているのなら、それはマスコミの世論誘導に毒されている証拠である。有事関連三法案の狙いは、日本が攻撃を受けた場合の「自衛」のためなどではない。本当の目的は、先制攻撃を含む自衛隊の軍事行動を可能にすることにある。
現実離れした想定
共同通信の世論調査(5/17〜18実施)によると、有事関連法案への「賛成」が53・5%に達し、「反対」31・1%を上回った。昨年の通常国会中の調査では「今国会で成立させるべきだ」が39%、「成立させるべきではない」が47%だったから、一年たって世論が逆転したことになる。
「仮想敵国=北朝鮮」で共通した「有事シュミレーション」
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これは一連の「北朝鮮脅威キャンペーン」の影響が大きい。やれ武装工作船だテポドン発射だ、といったニュースを連日聞かされれば、誰だって不安な気持ちになってしまう。実際、前述の調査で「賛成」の理由は「国として有事に備えるのは当然」が70・5%と最も多かった。
「北朝鮮の脅威」の煽動は、週刊誌やワイドショー番組の専売特許ではない。むしろ客観報道を装った新聞記事のほうが、違和感を与えずに読者の印象に入り込んでいくいう意味では性質が悪い。例として、有事法案が衆院を通過した翌日に全国紙がいっせいに掲載した「有事シミュレーション」記事をみていこう。
下の表は各紙の「有事想定」をまとめたものである。実によく似ている、というか同じものだ。おそらくは、政府・防衛庁のプレスリリースが元ネタであろう。
明らかに朝鮮民主主義人民共和国のことを指す某国が日本に攻めてくるというストーリーはみんな同じ。各紙とも日本が攻撃を受けるという前提にたって、有事法制がもたらす市民生活への影響をあれこれ予測している。「自衛隊出動、庭の木切る」(5/16朝日)というように。
基本的人権が制約される事例に、よりによって「庭の木」を持ち出すとはどういう了見をしているのだ。そんな「問題点」をいくら並べても、「国が外国から攻撃を受けているような場合、生命さえ助かればあとは何もいらない。家屋敷なんぞはどうなってもよい」(5/16産経抄)と、笑われるのがオチである。
攻めたいのは日本
このように、各紙の有事シミュレーション記事は詳しく読めば読むほど「戦争なんだから多少の権利制限は仕方ない」と感じさせる仕掛けになっている。政府が有事法制への国民合意を取りつける上で、これ以上の援護射撃はない。
そもそもマスコミの有事法制報道は、法案の本質規定からして欺瞞に満ちている。
「(法案の目的は)こちらから戦争を仕掛けたり、外国の戦争に参加したりするためではない。目的は国民の生命や財産を守るためにある」(5/16朝日社説)。
寝言を言うのもたいがいにしてほしい。日本が突然侵略を受ける事態など、現在の国際情勢の下では考えられない。そのことは日本政府自身が認めている。では、有事法制の今日的な狙いはどこにあるのか。それは「朝日」が意図的に触れないようにしている海外での武力行使である。
ピンぼけはわざと
小泉内閣が「専守防衛」のタテマエをかなぐり捨て「先制攻撃」を意図していることは、彼らの言動をみれば明らかだ。石破茂防衛庁長官などは、朝鮮を念頭に「ミサイル攻撃の意図と発射準備行為が明白であれば自衛隊が防衛出動する武力攻撃事態にあたる」(5/22)とまで公言しているほどだ。
また、自衛隊の装備面をみても、戦闘機の航続距離を伸ばす空中給油機の導入など、海外での武力行使を想定した準備が着々と進んでいる。
これらの事実を大新聞が知らないはずがない。そもそも、日本の軍事大国化の背景に、企業の海外展開を自前の軍事力で支えたいという政府・独占資本の衝動があることは、政治・経済記者ならば常識中の常識ではないか。
それなのにマスコミは「有事法制=日本が攻められる」式のピンぼけ報道をあえてくり返している。「先制攻撃法」の正体を覆い隠す悪質な情報操作というほかない。
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「ならず者国家」と決めつけた某国に対し米国は先制攻撃を開始した。日本政府は「相手は米軍基地のある日本への攻撃に着手した」として「武力攻撃事態」を適用。自衛隊が派兵され米軍ともに実戦を担う−−現実に想定される有事法制の発動はこんなところだろう。
これは決して「米国の戦争に巻き込まれる」という受動的なものではない。日本の参戦にはグローバル資本主義の権益擁護という共通の利害があるからだ。殺人幇助から実行犯へ−−日本は自らの意思で「殺す側」に立とうとしている。 (M)