2003年06月27日発行794号

【囲炉裏端から 選挙について】

 我々庶民が唯一国政に参加する機会、それが選挙だ。同時に終わって心底馬鹿々々しいと思う、それも選挙である。

 選挙権を得て七十年も経つというのに、あヽよかった、オレの投票した当人が入ったと喜んだ記憶が殆んど無い。

 戦後間もなくだから五十年ほど前、故郷札幌で候補者と握手したことがある。トラックの荷台に乗ったその人は、全国初の社会党知事田中敏文君。道庁土木課技手から一躍知事になったその人らしく、厚く大きな暖かい手であったのを覚えている。

 殆んど同年輩だったのに早く逝った。政治家は消耗が激しいのだろう。長生きしてる元首相なんてのは何も仕事らしい仕事をしなかった証拠だろう。そんな奴らが大きな顔してる妙な世の中だ。

 石原が三百万票もとる東京の奴らなんかもう付き合わねぇと意気巻いていたら、暴力団に秘書の給料払わせるほど仲良くなった男が、そのまんま居座ってるのが大阪なんだからあんまり大きな顔出来ない。

 和歌山だって元市長が汚職で留置場で臭いメシ喰いながら市会議員に最高点で当選しちゃうんだから、一体世の中どうなってるんだと呆れる外はない。

 この辺で、選挙についてもう一遍考え直してはどうだ。

 いまの選挙は、レストランでメシ喰うのと同じだと思う。出されるメニュー以外には注文出来ない。すし屋で汁粉は頼めないのだ。選挙公報に載ってる候補者以外に投票すると無効だ。

 これじゃあ望む人間を選びようがないし、政治改革なんか出来っこない。死んだ大物議員の息子が居ないから甥っ子探し出して議員にしちゃった選挙区にオレは居る。阿呆か。

 我々は議員を選ぶ前に先ず候補者を選び作ることから始めなければならないのではないか。

 幸い世はITの時代だ。全国各選挙区に一人ずつ候補者を名乗り出させる。このいい加減な時代にうんざりしてるのは山ほど居るから、みんなでワイワイやれば必ず見付けられるだろう。

 そこでトンダ・モンタ内閣が出来ることになる。

 私は遠慮して「大人のお伽噺」と言ってるが、決してそうではない。要はやる気があるか、ないかだ。「統一の旗」紙を機関紙にして「無名党」を作ろうじゃないか。若いトンダ・モンタが必ず居る。本当の非武装中立、平和民主国家が出来るのだ。

 決して夢ではない、これが真の現実なのである。

 (「わんぱく通信」編集長)

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